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YKK APに息づく建築文化への想い

建築雑誌『日経アーキテクチュア』の編集に約30年携わり、同誌編集長を4年間務めた後、編集者・画文家として独立した宮沢洋氏。富山県黒部市のYKKグループの建築群を訪れ、YKK AP相談役 吉田忠裕の建築に対する想いを聞きました。



YKK APに息づく建築文化
への想い

宮沢 洋 氏

聞き手/画
日経アーキテクチュア
前編集長

吉田 忠裕

YKK AP 相談役

宮沢氏:御社は自社商品の質を自社の建築で体現していて、そのような建材メーカーは日本で他に思いあたりません。また、それらの建築はどれも空間が素晴らしく、さらに、外構から建築まできれいに維持管理されています。これは、建築への愛がなければ続けられないことです。そういった建築をつくることを主導したのが吉田相談役なのですよね。最初のプロジェクトは、槇文彦さんが設計した「前沢ガーデンハウス」でしょうか。

吉田:そうです。高名な建築家の方に設計をお願いしたのは槇先生が初めてでした。
前沢ガーデンハウスは海外の社員が滞在するための国際寮として計画しました。設計を頼む建築家の候補の中で、槇先生は米国で建築を勉強されて、諸外国にも通じているし、この方が良さそうだと勝手に思い込んだのです。

YKK50ビルの前で宮沢 洋氏(右)と吉田 忠裕(左)

当初は建物の規模が今の半分ほどの予定で、槇先生は田舎のそんな小さなものは引き受けてくれないだろう、無謀だ、と周りからは言われました。でも、直接ご連絡してお会いしたときに、小粒でもピリッと輝く良い建築をつくりたいんだ、という想いをぶつけたら、話が弾みましてね。建築家は大きな建築だけをつくりたいわけではない、面白そうだから設計するよ、と引き受けていただき、大変勇気づけられました。
設計中も槇先生は私の投げかけることに一所懸命応えてくださった。槇先生との出会いは私の宝物です。

YKK50ビルの前で宮沢 洋氏(右)と吉田忠裕(左)

パッシブタウンのプロジェクト裏話

宮沢氏:最近のプロジェクトでは、「パッシブタウン」は建築界にとって意義深いと思っています。樹脂窓をどう扱えばいいのか、特に集合住宅ではピンとこない設計者が多い中で、御社は自らそれを示した。しかも、第2街区の設計者が槇さん。これは大いに衝撃的でした。

吉田:プロジェクトを始めるにあたり、槇先生には一番にお話ししたのです。先生は興味ないだろうけれど、まず仁義を切らないと失礼だと思って。そうしたら、自分も興味がある、 10年、20年先のためにパッシブデザインのことを知っておく必要があると言われて。

宮沢氏:設計を頼んだわけではないのですね(笑)。

「ついに念願かなって、黒部の建築群を見ることができました」宮沢 洋

(イラスト上から順に)

● 前沢ガーデンハウス…設計:槇文彦、竣工:1982年/ゲストハウス、研修施設として建設された。地域に貢献してきた建築を顕彰するJIA(日本建築家協会)25年賞を受賞。

● YKK50ビル…設計:YKKプロジェクトチーム(吉田忠裕、木村俊彦、遠藤精一、北村修一、大野秀敏、高須貞夫)、竣工:1984年/オフィスや展示場、国際会議場などからなる複合施設。2006年など過去数回の改修が行われている。

● YKK黒部寮…設計:ヘルマン・ヘルツベルハー、小澤丈夫、竣工:1998年/YKKグループ社員のための男女共用の単身寮。オランダを代表する建築家ヘルマン・ヘルツベルハーの国内唯一の作品。

● YKK黒部堀切寮…設計:teonks(小澤丈夫・末廣香織・末廣宣子)、竣工:1999年/YKKグループの女性社員のための単身寮。

● 丸屋根展示館…設計:大野秀俊、吉田明弘、竣工:2008年/YKKグループのモノづくりの技術や歴史、YKK創業者 吉田忠雄の理念などを一般公開する施設。丸屋根が特徴的な、YKK黒部事業所における最古の工場を再生活用。

● パッシブタウン…[第1街区]設計:小玉祐一郎、竣工:2016年[第2街区]設計:槇文彦、竣工:2016年[第3街区]設計:森みわ、竣工:2017年[ランドスケープ]設計:宮城俊作/設計を手掛けた建築家によって、パッシブデザインの手法がそれぞれ異なることを特徴とする。第1街区と第2街区は新築、第3街区は既存建物を活用したリノベ ーション。

● YKK AP R&Dセンター…設計:日本設計、竣工:2015年/建物は、技術の総本山のシンボルとして、アルミのシルバーとクリアなファサードを特徴とする。

吉田:ただ、当時、先生の事務所にはパッシブデザインに明るいエンジニアはいなかったため、東京大学の前真之先生をご紹介して、共働していただくことにしました。

宮沢氏:第1街区の小玉さんは誰もが納得する、日本におけるパッシブデザインの第一人者、第2街区は槇さんがパッシブデザインに取り組んだというインパクト、第3街区はドイツでパッシブデザインを学んだ森みわさんのリノベーションと、とてもよく練られた戦略だと思っていましたが、意外にも結果論だったとは。そもそもこのプロジェクトはいつから考えていたのですか?

吉田:この場所には以前、古い社宅があったんですね。建て替えるなら、時代に沿ったテーマを持つ社宅にしたいと思っていたところ、世の中でエネルギー問題やエコロジーの話が盛んになってきたので、パッシブデザインをテーマにしたのです。本物をつくるとなると、技術も追求しなければなりません。東京理科大学の井上隆先生など外部の専門家にお願いして「パッシブデザイン性能評価委員会」を組織し、建築家の先生が設計したものを評価させていただくところまでをプロジェクトとしました。

生活に密着した「窓」を追求し続ける

宮沢氏:性能評価は初めから織り込んでいたのですか。

吉田:評価しないと甘い世界で終わるでしょう。評価すれば、その結果は後に続く人たちの参考にもなる。
窓メーカーである私たちにとっても貴重な情報になります。社内の技術者に、どんどん課題を与えて発破をかけました。社員は、あの人はいつも好き勝手なことばかり言っていると思っているでしょうね。彼らが嫌そうな顔を見せると、逆にこちらは、ん?これは案外いいかもしれない、これでいこうと思う、“嫌らしい”経営者なのです(笑)。
YKKでは高品質なファスナーの生産技術を確立したことで会社を強くできました。YKK APの窓ではどうか。まだそこまでのものは見つかっていない。でも絶対にあると思っているので、窓をずっと攻めているのです。

宮沢氏:まだ見つかっていないという感覚なんですね。最後に、この6月に相談役に着任されましたが、今後のYKK APにどのようなことを期待していますか。

吉田:我が社は窓という生活に密着したものをつくっています。高いレベルのテーマも大切ですが、エネルギー問題や耐久性といった、身近なテーマを手繰り寄せて挑戦してくれることを望んでいます。木の(もく)素材などもその一つ。これらは日本の衣食住の本質に関わります。

宮沢氏:今度はパッシブタウンの第4~6街区のプロジェクトが始まります。2年後くらいに、あ、あのとき話していたのはこのことだったのか、と思えるものを期待しています。

吉田:はい、2年後くらいにね。

この対談は2020年6月22日に行われました


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